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教員紹介 リレーコラム

情報システムが切り拓く未来 第6回 2009年7月

リチャード・ベルマンに学ぶ

長江 剛志
社会知能情報学専攻 経営情報システム学講座

僕は数学があまり得意じゃない.本格的な数学を駆使したテキストや論文などを読んでいると,10分で眠気を感じ,20分で頭痛を起こし,30分もすると部屋から飛び出してしまう.研究室の学生は,僕がしょっちゅうぶらぶら廊下を徘徊したり,学生部屋を訪れるのを見ている.実は,何十回かに一回は数学からの逃避行だ.あれを見て「面倒見がいいんだなぁ」なんて思ってた人がいたらごめんなさい.

これほど数学が苦手なのに,僕は研究では数理モデルばかり扱っている.その理由は,僕自身にもよく判らない.僕はとてもユルくて気紛れなので,仕事のときぐらいは数学のようなリジッドなものと向き合う必要があるのかもしれない.

さて,数学ギライの僕には,数学を勉強するときのコツがある.それは,数学の定理や理論を自分で勝手に「解釈」し直すこと.解釈の例は身近なものであるほどいい.理論の数学的な厳密さや正確さは失うかもしれないが,その考え方さえ判っていれば「使う」分には困らないし,そうやって工夫して理解した理論というのはあまり忘れないものだ.そんなふうに解釈できる数学の理論の一つとして,今回は,リチャード・ベルマンの「最適性原理」を紹介したい.

ベルマンの最適性原理は,1953年に発表された.この原理は「多段階の意思決定問題」に対する「最適な方策」を求める時に使われる.ここで,多段階の意思決定というのは,結婚する,犬を飼う,家を建てる,といったことを,そのときどきのタイミングで決めること.タイミングを決める基準は問題による.たとえば,「計画期間中に発生する費用を最小化したい」という基準や「人生をなるべくハッピーに過ごしたい」という基準もある.最適方策というのは「いい相手にめぐりあったら結婚する」「金利が下がったらマンションを買う」という条件つきの戦略のことだ.たいていの場合,いい相手にいつめぐり逢えるのか,今後の金利がどう変化するか,といったことは予測できないから,最適な意思決定は状況依存にならざるをえない───「わたしは25才で一流商社マンと結婚して,28才になったらパリに住んで,35才までには自分のお店を持つの」というような人はどうか知らないけど.

さて,このベルマンの最適性原理は,研究上すごく便利なだけじゃなく,ハッピーな人生を過ごすための秘訣を教えてくれる(と僕は解釈している).最適性原理では,まず,多段階の意思決定問題を「いまの問題」と「これから先の問題」の2つに分割する.このとき,「いまの問題」と「さきの問題」は,状態の変化を媒介して結びついている.ベルマンの最適性原理とは,この2つの問題に対して最適方策が満足すべき性質を述べたものだ:「いまの問題」の結果としてどんな状態が残されたとしても「さきの問題」はその状態に対して最適方策を与えるものでなければならない.

ずいぶんとムツカシそうだが,この原理はどんな人生訓を与えてくれるのだろうか?

僕の人生を「いま」と「これから先」に分けてみる.ベルマンの最適性原理をあてはめると,僕が一生をなるべくハッピーに過ごすためには,「いまの僕」が今年いくらお金を使おうが(つまり,来年の僕にいくらのお金を残そうが)「来年以降の僕」は,残った貯金で残った人生をできるだけハッピーに過ごさなければいけない,ということになる.このとき「いまの僕」が直面する問題は,「今年お金を使うことの幸せ」と「来年の僕にお金を残すことの幸せ」を天秤にかけながら,今年なにを買うのかを決めることである.当然,「いま」の欲求を満足させるためだけに散財すると「これから先」の人生を楽しむための資金が乏しくなる.かといって「これから先」のことばかり気にして「いま」をケチケチとしか暮らせない人生も寂しかろう.大事なのは「いま」と「これから先」のバランスをとることだ.

なお,この「いま」と「これから先」とのバランスに過去は介在しない.「昨年の僕」や「学生の頃の僕」がどれだけ時間やお金を浪費したかはもはや問題ではないのだ.

そんなわけで,僕は,ベルマンの最適性原理を,次の二つの人生訓として解釈している:

  • 過去を振り返って悔やむヒマがあったら「いま」と「これから先」を考えろ.
  • 将来が不安だからといって進むのをためらってはいけない.いまの自分が何を残そうが,将来の自分は,そこからベストな人生を歩んでいくはずだから.

ベルマンの最適性原理は,数式で表現しようとするとどうしても複雑になってしまうのだが,こうやって解釈してしまえば,割とアタリマエな考え方だということが判るはずだ.

学生が大学院に在籍する期間は,長い一生のうちのほんの一部でしかない.学生指導とは,そのわずかな「いま」を一緒に過ごし,「これから先」を実り多いものにするお手伝いをすることだ.そのために,数学を単なる研究の道具としてではなく,もっと判りやすくて身近なものに感じられるような工夫と努力をこれからも続けていきたい.

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